掠文庫
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「ほんとうかね」能面に似た秀麗な検事の顔は、薄笑いしていた。  男は、五年の懲役を求刑されたよりも、みじめな思いをした。男の罪名は、 結婚詐欺であった。不起訴ということになって、やがて出牢できたけれども、 男は、そのときの検事の笑いを思うと、五年のちの今日でさえ、いても立って も居られません、と、やはり典雅に、なげいて見せた。男の名は、いまになっ ては、少し有名になってしまって、ここには、わざと明記しない。  弱く、あさましき人の世の姿を、冷く三つ列記したが、さて、そういう乃公 自身は、どんなものであるか。これは、かの新人競作、幻燈のまちの、なでし こ、はまゆう、椿、などの、ちょいと、ちょいとの手招きと変らぬ早春コント 集の一篇たるべき運命の不文、知りつつも濁酒三合を得たくて、ペン百貫の杖 よりも重き思い、しのびつつ、ようやく六枚、あきらかにこれ、破廉恥の市井 売文の徒、あさましとも、はずかしとも、ひとりでは大家のような気で居れど、 誰も大家と見ぬぞ悲しき。一笑。                              (おしまい)
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