掠文庫
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わたしました。ジョバンニは、ちょっと喰べてみて、(なんだ、やっぱりこい つはお菓子だ。チョコレートよりも、もっとおいしいけれども、こんな雁が飛 んでいるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋だ。けれどもぼくは、 このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべているのは、大へん気の毒 だ。)とおもいながら、やっぱりぽくぽくそれをたべていました。 「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジョバンニは、 もっとたべたかったのですけれども、 「ええ、ありがとう。」と云って遠慮しましたら、鳥捕りは、こんどは向うの 席の、鍵をもった人に出しました。 「いや、商売ものを貰っちゃすみませんな。」その人は、帽子をとりました。 「いいえ、どういたしまして。どうです、今年の渡り鳥の景気は。」 「いや、すてきなもんですよ。一昨日の第二限ころなんか、なぜ燈台の灯を、 規則以外に間させるかって、あっちからもこっちからも、電話で故障が来まし たが、なあに、こっちがやるんじゃなくて、渡り鳥どもが、まっ黒にかたまっ て、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや。わたしぁ、べらぼうめ、 そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマント を着て脚と口との途方もなく細い大将へやれって、斯う云ってやりましたがね、 はっは。」  すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射して来まし た。 「鷺の方はなぜ手数なんですか。」カムパネルラは、さっきから、訊こうと思 っていたのです。 「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こっちに向き直りました。 「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、そうでなけぁ、砂に三四日 うずめなけぁいけないんだ。そうすると、水銀がみんな蒸発して、喰べられる ようになるよ。」 「こいつは鳥じゃない。ただのお菓子でしょう。」やっぱりおなじことを考え ていたとみえて、カムパネルラが、思い切ったというように、尋ねました。鳥 捕りは、何か大へんあわてた風で、 「そうそう、ここで降りなけぁ。」と云いながら、立って荷物をとったと思う と、もう見えなくなっていました。 「どこへ行ったんだろう。」  二人は顔を見合せましたら、燈台守は、にやにや笑って、少し伸びあがるよ うにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそっちを見ましたら、 たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光を出す、いちめん のかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっと そらを見ていたのです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体だねえ。きっとまた鳥をつかまえるとこだ ねえ。汽車が走って行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云った途 端、がらんとした桔梗いろの空から、さっき見たような鷺が、まるで雪の降る ように、ぎゃあぎゃあ叫びながら、いっぱいに舞いおりて来ました。するとあ の鳥捕りは、すっかり注文通りだというようにほくほくして、両足をかっきり 六十度に開いて立って、鷺のちぢめて降りて来る黒い脚を両手で片っ端から押 えて、布の袋の中に入れるのでした。すると鷺は、蛍のように、袋の中でしば らく、青くぺかぺか光ったり消えたりしていましたが、おしまいとうとう、み んなぼんやり白くなって、眼をつぶるのでした。ところが、つかまえられる鳥 よりは、つかまえられないで無事に天の川の砂の上に降りるものの方が多かっ たのです。それは見ていると、足が砂へつくや否や、まるで雪の融けるように、 縮まって扁べったくなって、間もなく熔鉱炉から出た銅の汁のように、砂や砂 利の上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についているのでしたが、それも 二三度明るくなったり暗くなったりしているうちに、もうすっかりまわりと同 じいろになってしまうのでした。  鳥捕りは二十疋ばかり、袋に入れてしまうと、急に両手をあげて、兵隊が鉄 砲弾にあたって、死ぬときのような形をしました。と思ったら、もうそこに鳥 捕りの形はなくなって、却って、 「ああせいせいした。どうもからだに恰度合うほど稼いでいるくらい、いいこ とはありませんな。」というききおぼえのある声が、ジョバンニの隣りにしま した。見ると鳥捕りは、もうそこでとって来た鷺を、きちんとそろえて、一つ ずつ重ね直しているのでした。 「どうしてあすこから、いっぺんにここへ来たんですか。」ジョバンニが、な
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