掠文庫
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二句実に不磨の金言なり。 ○先づ四道に拠り、角を保ち傍に依り、辺に縁り列を遮り、往相望む。  四道は四方と云はんが如し。碁局は四分すべき形勢有り、黒白各先づ四道に 拠るをいふ。保角依傍は前に出づ。辺に縁るは字の如し、列を遮るは敵の列を 遮る也。往相望むは、敵と我と往相対して同一形勢を取り、子と子と相望むが 如き状あるをいふ。相莅むにはあらず、相望見する也。往相望むの一句四字、 無限の情趣有り。 ○離たる馬目、連たる雁行。度間置し、徘徊中央す。  離連の二句、棊子の布置羅列の状をいふ。度間置は棊子の相接せずして相助 くるをいひ、徘徊中央は棊子のたゞ雌伏するのみならず、却て雄飛せんとする をいふ。二句妙致あり。 ○死卒を収取し、相迎へ使むる無し。食む当くして食まざれば、反つて其|殃 を受く。  当に食む可きを食まざれば、敵の死者復活きんとす。天の与ふるを取らざれ ば、反つて其殃を受く、この古語を一転して用ゐたり。 ○雑乱交錯し、更に相度越す。  雑乱は旗幟紛として彼我酣闘する也。交錯は敵反つて吾が後を襲ひ、我反つ て敵の後に出づるが如きをいふ也。度越は河を渡り塹を奪ひ、吶喊叱咤して戦 ふ也。交相の二字、甚だ力有り、奮戦力闘の状、睹るが如きを覚ゆ。 ○規を守る固からざれば、唐突する所と為る。  陣営は厳密、まさに周亜父細柳の如くなるべし、然らずんば敵の猛將の奇襲 突破するところとならん。 ○深く入りて地を貪れば、士卒を殺亡す。  長駆深入すれば、一旦糧竭き変生ずるの時、多く士卒を亡ふをいふ。 ○狂攘して相救へば、先後并に没す。  戦の危機は多し、就中吾が一支軍を救はんとする時、最も危機多し。救ひ得 て善ければ勝ち、救ひ得ざれば乱る。狂攘して相救へば、前軍後軍、相倶に覆 没す。将軍深謀妙計無かる可からざるの処たり。 ○功を計りて相除し、時を以て早く訖る。  功を計るは戦の応に終るべきを考ふる也、相除するは其の終を令くすること を為す也。時を以ては其の当に然るべきの時を以て也。早く訖るは智者之を能 くす、昧者は終るところを知らず、此を以て其の訖るや彼の訖るところとなつ て纔に訖る、悲む可き也。 ○事留まれば変生ず、棊を拾ふ疾かならんことを欲す。  事遅留すれば変意外に生ず、故に疑似するところあるは、疾く之を収むるを 要するなり。 ○営或は窘乏するも、詐をして出でしむる無かれ。  計営窘蹙困乏するも、卑劣なる奸詐の事を為す勿れと也。奕は小道なりと雖 も、君子の此を玩ぶや、おのづから応に君子の態度あるべき也、小人の心術に 出づる無かるべき也。 ○深く念ひ遠く慮れば、勝乃ち必す可し。  深念遠慮の四字、一篇を収拾し、勝乃ち必す可しといふ、結束し得て高朗。 此篇囲棊の賦中の最古にして最妙なるもの。                              (おしまい)
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