掠文庫『石川啄木詩集』
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■年老いし彼は商人 NO.7
年老いし彼は商人。 靴、鞄、帽子、革帯、 ところせく列べる店に 坐り居て、客のくる毎、 尽日や、はた、電燈の 青く照る夜も更くるまで、 てらてらに禿げし頭を 礼あつく千度下げつつ、 なれたれば、いと滑らかに 数数の世辞をならべぬ。 年老いし彼はあき人。 かちかちと生命を刻む ボンボンの下の帳場や、 簿記台の上に低れたる 其頭、いと面白し。 その頭低るる度毎、 彼が日は短くなりつ、 年こそは重みゆきけれ。 かくて、見よ、髪の一条 落ちつ、また、二条、三条、 いつとなく抜けたり、遂に 面白し、禿げたる頭。 その頭、禿げゆくままに、 白壁の土蔵の二階、 黄金の宝の山は (目もはゆし、暗の中にも。) 積まれたり、いと堆かく。 埃及の昔の王は わが墓の大金字塔を つくるとて、ニルの砂原、 十万の黒兵者を 二十年も役せしといふ。 年老いしこの商人も 近つ代の栄の王者、 幾人の小僧つかひて、 人の見ぬ土蔵の中に きづきたり、宝の山を。―― これこそは、げに、目もはゆき 新世の金字塔ならし、 霊魂の墓の標の。
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