掠文庫『石川啄木詩集』
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■無題 NO.11
一年ばかりの間、いや一と月でも 一週間でも、三日でもいい。 神よ、もしあるなら、ああ、神よ、 私の願ひはこれだけだ。どうか、 身体をどこか少しこはしてくれ痛くても 関はない、どうか病気さしてくれ! ああ! どうか…… 真白な、柔らかな、そして 身体がフウワリと何処までも―― 安心の谷の底までも沈んでゆく様な布団の上に、いや 養老院の古畳の上でもいい、 何も考へずに(そのまま死んでも 惜しくはない)ゆっくりと寝てみたい! 手足を誰が来て盗んで行っても 知らずにゐる程ゆっくり寝てみたい! どうだらう! その気持は! ああ。 想像するだけでも眠くなるやうだ! 今著てゐる この著物を――重い、重いこの責任の著物を 脱ぎ棄てて了ったら(ああ、うっとりする!) 私のこの身体が水素のやうに ふうわりと軽くなって、 高い高い大空へ飛んでゆくかも知れない――「雲雀だ」 下ではみんながさう言ふかも知れない! ああ!     ――――――――――――――― 死だ! 死だ! 私の願ひはこれ たった一つだ! ああ! あ、あ、ほんとに殺すのか? 待ってくれ、 ありがたい神様、あ、ちょっと! ほんの少し、パンを買ふだけだ、五―五―五―銭でもいい! 殺すくらゐのお慈悲があるなら!
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