掠文庫『石川啄木詩集』
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■夏の街の恐怖 NO.13
焼けつくやうな夏の日の下に おびえてぎらつく軌条の心。 母親の居睡りの膝から辷り下りて、 肥った三歳ばかりの男の児が ちょこちょこと電車線路へ歩いて行く。 八百屋の店には萎えた野菜。 病院の窓の窓掛は垂れて動かず。 閉された幼稚園の鉄の門の下には 耳の長い白犬が寝そべり、 すベて、限りもない明るさの中に どこともなく、芥子の花が死落ち、 生木の棺に裂罅の入る夏の空気のなやましさ。 病身の氷屋の女房が岡持を持ち、 骨折れた蝙蝠傘をさしかけて門を出れば、 横町の下宿から出て進み来る、 夏の恐怖に物言はぬ脚気患者の葬りの列。 それを見て辻の巡査は出かかった欠呻噛みしめ、 白犬は思ふさまのびをして、 塵溜の蔭に行く。
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