掠文庫『石川啄木詩集』
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■事ありげな春の夕暮 NO.15
遠い国には戦があり……
海には難破船の上の酒宴……
質屋の店には蒼ざめた女が立ち、
燈火にそむいてはなをかむ。
其処を出て来れば、路次の口に
情夫の背を打つ背低い女――
うす暗がりに財布を出す。
何か事ありげな――
春の夕暮の町を圧する
重く淀んだ空気の不安。
仕事の手につかぬ一日が暮れて、
何に疲れたとも知れぬ疲れがある。
遠い国には沢山の人が死に……
また政庁に推寄せる女壮士のさけび声……
海には信夫翁の疫病……
あ、大工の家では洋燈が落ち、
大工の妻が跳び上る。
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