掠文庫『石川啄木詩集』
index
■げに、かの場末の NO.24
げに、かの場末の縁日の夜の
活動写真の小屋の中に、
青臭きアセチレン瓦斯の漂へる中に、
鋭くも響きわたりし
秋の夜の呼子の笛はかなしかりしかな。
ひょろろろと鳴りて消ゆれば、
あたり忽ち暗くなりて、
薄青きいたづら小僧の映画ぞわが眼にはうつりたる。
やがて、また、ひょろろと鳴れば、
声嗄れし説明者こそ、
西洋の幽霊の如き手つきして、
くどくどと何事を語り出でけれ。
我はただ涙ぐまれき。
されど、そは、三年も前の記憶なり。
はてしなき議論の後の疲れたる心を抱き、
同志の中の誰彼の心弱さを憎みつつ、
ただひとり、雨の夜の町を帰り来れば、
ゆくりなく、がの呼子の笛が思ひ出されたり。
――ひょろろろと、
また、ひょろろろと――
我は、ふと、涙ぐまれぬ。
げに、げに、わが心の餓ゑて空しきこと、
今も猶昔のごとし。
index