掠文庫
次へ index
[9]
は、ところどころ、細い鉄の欄干も植えられ、木製のきれいなベンチも置いて ありました。 「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、 岩から黒い細長いさきの尖ったくるみの実のようなものをひろいました。 「くるみの実だよ。そら、沢山ある。流れて来たんじゃない。岩の中に入って るんだ。」 「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」 「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」  二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よっ て行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻のように燃えて寄せ、右手の 崖には、いちめん銀や貝殻でこさえたようなすすきの穂がゆれたのです。  だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴を はいた学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴をふり あげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中で いろいろ指図をしていました。 「そこのその突起を壊さないように。スコープを使いたまえ、スコープを。お っと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするん だ。」  見ると、その白い柔らかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣の骨が、横 に倒れて潰れたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気 をつけて見ると、そこらには、蹄の二つある足跡のついた岩が、四角に十ばか り、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡をきらっとさせて、こっ ちを見て話しかけました。 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみ だよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸で ね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が 寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、 おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿でやってくれたまえ。ボ スといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たさ。」 「標本にするんですか。」 「いや、証明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、 百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらと ちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か 水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。け れども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨が埋もれ てる筈じゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計とをくらべながら云 いました。 「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大 学士におじぎしました。 「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙がしそうに、あちこち歩 きまわって監督をはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車 におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。 息も切れず膝もあつくなりませんでした。  こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思い ました。  そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、 間もなく二人は、もとの車室の席に座って、いま行って来た方を、窓から見て いました。  八、鳥を捕る人 「ここへかけてもようございますか。」  がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えまし た。  それは、茶いろの少しぼろぼろの外套を着て、白い巾でつつんだ荷物を、二 つに分けて肩に掛けた、赤髯のせなかのかがんだ人でした。 「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶しました。その 人は、ひげの中でかすかに微笑いながら荷物をゆっくり網棚にのせました。ジ
次へ index