掠文庫
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[16]
っぱいに列になってとまってじっと川の微光を受けているのでした。
「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年
はとりなすように云いました。
向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車
のずうっとうしろの方からあの聞きなれた番の讃美歌のふしが聞えてきました。
よほどの人数で合唱しているらしいのでした。青年はさっと顔いろが青ざめ、
たって一ぺんそっちへ行きそうにしましたが思いかえしてまた座りました。か
おる子はハンケチを顔にあててしまいました。ジョバンニまで何だか鼻が変に
なりました。けれどもいつともなく誰ともなくその歌は歌い出されだんだんは
っきり強くなりました。思わずジョバンニもカムパネルラも一緒にうたい出し
たのです。
そして青い橄欖の森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだ
んうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車
のひびきや風の音にすり耗らされてずうっとかすかになりました。
「あ孔雀が居るよ。」
「ええたくさん居たわ。」女の子がこたえました。
ジョバンニはその小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろの貝ぼたんの
ように見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってその孔雀がはねをひろげ
たりとじたりする光の反射を見ました。
「そうだ、孔雀の声だってさっき聞えた。」カムパネルラがかおる子に云いま
した。
「ええ、三十疋ぐらいはたしかに居たわ。ハープのように聞えたのはみんな孔
雀よ。」女の子が答えました。ジョバンニは俄かに何とも云えずかなしい気が
して思わず
「カムパネルラ、ここからはねおりて遊んで行こうよ。」とこわい顔をして云
おうとしたくらいでした。
川は二つにわかれました。そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一
つ組まれてその上に一人の寛い服を着て赤い帽子をかぶった男が立っていまし
た。そして両手に赤と青の旗をもってそらを見上げて信号しているのでした。
ジョバンニが見ている間その人はしきりに赤い旗をふっていましたが俄かに赤
旗をおろしてうしろにかくすようにし青い旗を高く高くあげてまるでオーケス
トラの指揮者のように烈しく振りました。すると空中にざあっと雨のような音
がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸のように川
の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出
してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗いろのがらんとした空の下を実
に何万という小さな鳥どもが幾組も幾組もめいめいせわしくせわしく鳴いて通
って行くのでした。
「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。
「どら、」カムパネルラもそらを見ました。そのときあのやぐらの上のゆるい
服の男は俄かに赤い旗をあげて狂気のようにふりうごかしました。するとぴた
っと鳥の群は通らなくなりそれと同時にぴしゃぁんという潰れたような音が川
下の方で起ってそれからしばらくしいんとしました。と思ったらあの赤帽の信
号手がまた青い旗をふって叫んでいたのです。
「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥。」その声もはっきり聞
えました。それといっしょにまた幾万という鳥の群がそらをまっすぐにかけた
のです。二人の顔を出しているまん中の窓からあの女の子が顔を出して美しい
頬をかがやかせながらそらを仰ぎました。
「まあ、この鳥、たくさんですわねえ、あらまあそらのきれいなこと。」女の
子はジョバンニにはなしかけましたけれどもジョバンニは生意気ないやだいと
思いながらだまって口をむすんでそらを見あげていました。女の子は小さくほ
っと息をしてだまって席へ戻りました。カムパネルラが気の毒そうに窓から顔
を引っ込めて地図を見ていました。
「あの人鳥へ教えてるんでしょうか。」女の子がそっとカムパネルラにたずね
ました。
「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょ
う。」カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。そして車の中はしぃ
んとなりました。ジョバンニはもう頭を引っ込めたかったのですけれども明る
いとこへ顔を出すのがつらかったのでだまってこらえてそのまま立って口笛を
吹いていました。
(どうして僕はこんなにかなしいのだろう。僕はもっとこころもちをきれいに
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