掠文庫
次へ
index
[3]
○局必ず方正なるは、地則に象どる也。道必ず正直なるは、明徳を神にする也。
局は碁盤なり。古は地を以て方となせり、故に地則に象どるといふ。道は碁
盤上の線道なり、明徳は即ち正直也。
○棊に白黒有るは、陰陽分る也。駢羅列布するは天文に効ふ也。
棊は碁に同じ、棊は即ち棊子にして、本来一字にて足る也。白は陽、黒は陰
也。駢羅列布は白黒の棊子の散布せるさまをいふ。これを天上星辰の羅列に比
して言ふ也。
○四象既に陳す、之を行ふは人に在り。蓋し王政也。
四象は地則、明徳、陰陽、天文なり。碁の事既に陳在すれば、之を行ふは人
に在り。其の行ふところは蓋し王政なり、覇道の騙詐暴力を主とするにあらず
の意。
○或は虚しく設け予め置き、以て自から衛護す。蓋し庖犠網罟の制に象どる。
庖犠は伏羲氏なり、網罟を創めたるの人。此段に至りて始めて碁の情を言ふ。
虚設予置、以自衛護の八字、下し得て甚だ妙なり。碁の頭初の布局まことに網
罟に似たり。
○防周起し、障塞漏決す。夏后治水の勢に似たるなり。
夏后は禹、洪水を治めたるの人。防周起は蜒として勢を成すの状。障塞は己
を衛るを云ひ、漏決は患を去るを云ふ。
○一孔|閼むる有るも、壊頽振はず。瓠子汎濫の敗に似たる有り。
閼は遏に通ず。一孔を遏むるも、敵勢洪大なれば、壊頽して救ふ可からず、
大勢を如何ともする能はざるを言ふ。瓠子は即ち瓠子口にして、黄河の水を塞
ぐの処、濮陽県の南に在り。漢武帝の時、黄河大に漲り、瓠子を決して、鉅野
に注ぎ、淮泗に通じたることあり。我が陣将に敗れんとして、其命縷の如き時、
死戦して緊防すれども、敵軍浩蕩たるに当つて終に敗るの状、真に此句の如き
ことあるなり。
○伏を作し詐を設け、囲を突いて横行す。田単の奇。
兵を伏せて敵を誘ひ、奇を以て勝を制し、重囲を突破して、千里に横行する、
痛快無比の状を叙せり。田単は斉の名将。重囲に陥りて屈せず、火牛の謀を以
て燕の大軍を破り、日あらずして七十余城を回復せる也。
○厄を要して相かし、地を割かしめて賞を取る。蘇張の姿。
厄は急厄なり、死生の分るゝ処即ち厄也。厄を要してかせば、敵其の死せざ
らんことを欲して、地を割くを辞せず、是相闘はずして能く奪ふもの也。蘇張
は蘇秦張儀、皆兵馬を動かさず、弁舌を以て功を成せるもの。
○参分|勝る有つて、而して誅せず。周文の徳。
参分勝る有るは天下を三分して其二を保有するを言ふ。周の文王、既に天下
の実権を有して、而して敢て紂王を誅せず、益徳を修めて自から固うす。碁の
道、善く勝つ者、毎是の如きの態ある也。
○逡巡儒行し、角を保ち旁に依り、却て自から補続す、敗るゝと雖も亡びず。
繆公の智、中庸の方なり。
逡巡は進まざるの貌、儒行は敢行勇為せざるなり。角を保ちは碁局の角を保
つをいひ、旁に依りは碁局の辺旁に依るをいふ。大に覇を争はざるも、是の如
くにして自から補続すれば、既に必ず死せざるの勢あるを以て、敗ると雖も亡
びざる也。繆公は秦の繆公、西陲に拠有して、漸く其大を成せり。中庸の方は
上智英略あらざるものの方策なるを言ふ也。
○上に天地の象有り、次に帝王の治あり、中に五覇の権有り、下に戦国の事有
り。其の得失を覧れば、古今|略備はる。
碁の道、局道棊布、天地の象あり。次に虚設予置するところ、古帝前王の治
の如し。後に互に雄略大志あるところ、五覇の権有りといふべく、終に攻撃戦
闘する、戦国の時の事の如し。故に其の得失の状を覧れば、古今の情状略具備
すといふ也。
三 囲棊賦 後漢 馬 融
○略囲棊を観るに、兵を用ゐるに法る。
馬融は博学能文の大儒にして、盧植、鄭玄皆其の徒なり。
○三尺の局を、戦闘の場と為す。士卒を陳し聚めて、両敵相当る。
三尺の局、今に比すれば大に過ぐ。又惟大概をいふのみ、深く怪むに足らず。
○怯者は功無く、貪者は先づ亡ぶ。
怯者は惟守る、守れば則ち足らず。貪者は必ず昧し、昧ければ則ち禍を惹く。
次へ
index