掠文庫
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[4]
怺えられなくなったと見えて、
「まあ汚い足」といった。松次郎と木之助は食べながら自分の足を見ると、
ほんとに女中のいった通りだった。紺足袋の上に草鞋を穿いていたが、砂挨で
真白だった。二人は仕方ないので黙々と御馳走を手でつまんではたべた。
「まあ、乞食みたい」。しばらくするとまた女中が刺すような声でいった。
指の間にくっついた飯粒を舌の先でとりながら、木之助が松次郎を見ると、い
かにも女中がいった通り松次郎は乞食の子のようにうすぎたなく見えた。松次
郎もまた、木之助を見てそう思った。
「まあ、よく食べるわ、豚みたい」。木之助が五つ目の握飯をたべようとし
て口をあいたとき女中がまたいった。木之助は、ほんとにそうだと思って、ぱ
くりと喰いついた。
「耳の中に垢なんかためて」。しばらくするとまた女中がいった。木之助は
松次郎の耳の中を見ると、果して汚く垢がたまっていた。松次郎の方でも木之
助の耳の中にたまっている垢をみとめた。
やがて衝立の向うに、とんとんという足音が聞えて来ると、女中はついと身
を翻して何処かへ行ってしまい、代りにさっきの優しい主人があらわれた。
「どうだうまいか」といって、主人はそこにかがんだ。松次郎が胸に閊えた
ので拳でたたいていると、おやあいつ、お茶を持って来なかったんだな、いい
つけといたのに、と呟いた。そのとき今の女中がお茶を持って釆て、すました
顔でそこへ置くとまたひっこんで行った。
「大きな握飯だな、いくつ持って来たんだ」と主人は一つ残った木之助のお
むすびを見ていった。六つと木之助は答えた。この半白の頭をした男の人は、
さっきより一層親くなったように木之助には感じられた。
木之助たちが喰べ終って、「ご馳走さん」と頭をさげると、主人はなおも、
いろんなことを二人に話しかけ、訊ねた。これから行く先だとか、家の職業だ
とか、大きくなったら何になるのだとか。木之助の胡弓は大層うまいとほめて
くれた。木之助はうれしかった。「こんど来るときはもっと仰山弾けるように
して来て、いろんな曲をきかしてくれや」といったので木之助は「ああ」とい
った。すると主人は袂の底をがさごそと探していて紙の撚ったのを二つ取り出
し、一つずつ二人にくれた。
二人は門の外に出るとすぐ紙を開いて見た。十銭玉が一つずつあらわれた。
四
木之助は、来る正月来る正月に胡弓をひきに町へいった。行けば必ずあの
「味噌溜」と大きな板の看板のさがっている門をくぐった。主人はいつも変らず
木之助を歓迎してくれ、御馳走をしてくれた。
木之助は胡弓がしんから好きだったので、だんだんうまくなっていった。始
めは牛飼から曲を教わったが、牛飼の知っている五つの曲はじき覚えてしまい、
しかも木之助の方が上手にひけるようになった。するともう牛飼の家に習いに
ゆくのはやめて、別な曲を知っている人のところへ覚えにいった。隣の村、二
つ三つ向うの村にでも、胡弓のうまい人があるということをきくと、昼間の仕
事を早くしまって、その村まで出かけてゆき、熱心に頼んで新しい曲を覚えて
来た。やがて木之助にも妻が出来、子供も出来たが、夜、木之助の弾きならす
胡弓の音が邪魔になって子供が寝つかないというときには、村の南の松林には
いっていって、明るい月の光で弾いた。そののんびりした音色は、何事かを一
生懸命に物語っているように村人たちには聞えたのである。
だが歳月は流れた。或る年の旧正月が来たとき、こんども松次郎と一しょに
門附けにいこうと思った木之助が、前の晩松次郎の家にゆくと風呂にはいって
いた松次郎はこういった。「もうこの頃じゃ、門附けは流行らんでな。ことし
あもう止めよかと思うだ。五、六年前まであ、東京へ行った連中も旅費の外に
小金を残して戻って来たが、去年あたりは、何だというじゃないか、旅費が出
なかったてよ」
「でも折角覚えた芸だで腐らせることもないよ、松つあん」と木之助は励ま
すようにいった。「東京は別だよ、場所(都会)の人間はあかんさ」
「だが、俺たちも一昨年、去年は駄目だったじゃねえか。一日、足を棒にし
て歩いても一両なかっただもんな。乞食でも知れてるよ」
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